ホウ酸はイエシロアリに効かないのですか?最近、数回の問い合わせがありました。
震源は日本しろあり対策協会機関誌“しろあり”に掲載された報文です。
鹿児島県のHさんは面白い実験をしています。 イエシロアリの巣を掘り出してポリボックスに入れ、巣の周辺に濡れた砂と餌木を置いて飼育します(写真1)。シロアリの活動が安定し餌木を積極的に食べるようになったら、餌木を撤去し、巣の上に煉瓦を置き、煉瓦の上にいろいろな木材試験体を置いてシロアリの反応を調べました。
結果は:
1 防蟻処理しない木材は、ヒノキ、ヒバから豪州ヒノキに至るまで食害された。
2 ホウ酸ナトリウム(DOT)15%水溶液に浸漬した木材は未処理材と同程度食害された。
3 ぺルメトリンやクロチアニジン処理液に浸漬した木材は食害されなかった。
この実験結果から、Hさんは、DOT(八ホウ酸二ナトリウム・四水和物)のイエシロアリに対する防除効果に疑問を持ち、再検討する必要があると主張しています。
DOTは、日本工業規格JISK1571の試験方法に合格し公的に認定されている防蟻剤です。JISの評価基準が正しいのか、 Hさんが正しいのか。そこが問題です。
結論から言えば、Hさんは、シロアリの習性を見落としているのです。
30年ほどまえ、慶応大学の森教授は、Hさんと同じような実験をしています。ホウ酸10%を含んだ紙を綿状に粉砕したもの(供試材料)をペトリ皿(蓋つき容器)に入れます。これにイエシロアリの食蟻20頭と兵蟻1~3頭、給水のための湿った濾紙を入れます。イエシロアリは供試材料に接近し、登り、潜りましたが、まったく摂食しません。この現象は、ホウ酸が非忌避性の食毒だということを反映しています。
ついで森教授は、10✕10✕30㎝の角材の全表面に厚さ10mm程度の供試材料を接着剤で貼り付けました。これを40~50万頭のイエシロアリから構成されるコロニー上に置いたところ、シロアリは供試材料層を貫通して内部の木材を摂食しましたが、3~4ヵ月後には生殖虫も含め全個体が死滅しました。職蟻が持ち帰った遅効性のホウ酸が給餌やグルーミングで全個体間に行きわたったためと考えられます。
この例から明らかなように、イエシロアリは、食物を探すときと巣を守るときでは全く異なる挙動をします。巣の近辺に異物がおかれると、シロアリはコロニーを守るため身の安全を度外視して攻撃します。これに対して食物を探すときは、まず少数の先遣隊が送られます。運よく住宅にたどり着き、木材を見つけると試食します。もし試食した仲間が死ぬと、同じコロニーのシロアリは2度と寄り付きません。
いうまでもなく、防蟻処理剤の評価は、シロアリの採餌活度を前提に行われます。シロアリ防除の目的は、家をシロアリから守ることです。先遣隊を追い返すには木材に対して1%のホウ酸を浸み込ませれば十分です。ただし、この木材をイエシロアリの巣に載せれば、ボロボロに食害されます。論より証拠、ホウ酸処理木材を使った建造物は、イエシロアリの被害が大きいハワイやルイジアナで、この30年間、シロアリ対策の決め手と評価されています。
では、Hさんの実験ではなぜイエシロアリのコロニーが全滅しなかったのでしょうか。DOTの量が少なかったからです。計算は省略しますが、Hさんが使ったDOT処理試験体は0.29gのDOTを含んでいます。これはイエシロアリ職蟻20万頭の半数致死量にすぎません。100万頭のコロニーを全滅するには少なすぎます。森教授の試験体には50g程度のホウ酸が含まれますが、これは3000万頭のシロアリを殺せる量です。
つぎに、実験法。1か所に数種類の試験体を並べるのはうなずけません。特に忌避性の強いピレスロイドと非忌避性のDOT処理試験体を一緒に置くのは問題です。試験体は、実験ごとに1種類に限定したいものです。